「ゼロトラスト導入済み」は本当か。診断現場で見えた大きな勘違い

公開日: 2026年7月22日

ゼロトラストを導入していると考えている企業は多いものの、実際に診断するとほとんどが未完成という実態があります。ツール導入と対策完了を混同する落とし穴と、本当に機能するセキュリティ対策のあり方を解説します。

「ゼロトラスト導入済み」は本当か。診断現場で見えた大きな勘違い

2026年に入り、日本でも海外でも、大手企業を狙ったサイバー攻撃のニュースが後を絶ちません。ニチレイの物流システム障害、アフラックの大規模個人情報流出、KDDI系のメール情報漏えいなど、業種を問わず被害が広がっています。

なお、これらの企業がどのようなセキュリティ対策を行っていたかは公表されておらず、本記事ではその点には触れません。ここで取り上げたいのは、被害企業の話ではなく、私自身がセキュリティプロジェクトの現場で繰り返し目にしてきた、ある共通の勘違いについてです。

攻撃は増え続けている

まず前提として、攻撃そのものの量が急増しているという事実を押さえておきたいと思います。

セキュリティ企業チェック・ポイント・リサーチの調査によると、2026年4月の時点で日本国内では1組織あたり週平均2,048件のサイバー攻撃が確認され、前年同月比で73%も増加しました。これは世界平均の増加率を大きく上回る水準です。

世界的に見ても、2026年4月に公表されたランサムウェア攻撃は707件に達し、前月比5%増、前年同月比では12%増という結果が出ています。企業規模を問わず、サイバー攻撃はもはや「一部の運が悪い会社の話」ではなくなっています。

こうした状況の中で、多くの企業が対策として掲げているのが「ゼロトラスト」です。しかし、この言葉が実際に何を意味しているのか、現場では大きな認識のズレがあると感じています。

「ゼロトラストを導入しています」と聞いて診断すると

私はこれまで複数のセキュリティプロジェクトに参加してきました。その中で、多くの企業が「ゼロトラストを採用しています」と説明してくれます。

しかし、実際に中身を診断させていただくと、ほとんどのケースでNGという評価になります。

クライアント様に理由を尋ねると、たいてい同じ答えが返ってきます。「ゼロトラストに関するツールを導入しているので、対策済みという認識でした」というものです。

これが、非常に大きな勘違いなのです。

ゼロトラストは製品ではなく概念である

ゼロトラストは、特定の製品やツールの名前ではありません。社内ネットワークだから安全だという前提を置かず、あらゆるアクセスをそのつど検証するという、セキュリティ設計全体の「考え方」です。

ツールを一つ導入したからといって、その考え方が組織全体に実装されたことにはなりません。ところが実際の現場では、次のような状態を「ゼロトラスト対策済み」と呼んでしまっているケースが非常に多いのです。

  • 多要素認証(MFA)のツールだけを入れて満足している
  • ID管理製品を導入したが、権限設計は従来のまま
  • ネットワークの一部だけをセグメント分離し、残りは手つかず
  • 監視ツールは入れたが、実際に検知してから隔離までの運用は整っていない

これらはいずれも、ゼロトラストを構成する要素の「一部」に過ぎません。ツールを入れることは出発点であって、ゴールではないのです。

「進行中」ならまだ良い。問題は「完了したと思い込んでいる」こと

ここで誤解してほしくないのは、ゼロトラストへの移行が発展途上であること自体は、決して悪いことではないという点です。

ゼロトラストは、組織のID基盤、ネットワーク設計、権限管理、監視体制など、非常に広い範囲にまたがる取り組みです。段階的に進めていくのが当たり前であり、「まだ道半ばです」という認識であれば、それは健全な状態だと言えます。

問題なのは、道半ばであるにもかかわらず、「もう完了した」と思い込んでしまっている企業が多いという実態です。

これは私が診断を通じて肌で感じてきたことですが、決して特殊な例ではないと考えています。海外の調査会社Gartnerの予測でも、2026年末までに大企業のうち完全に成熟したゼロトラストプログラムを持つ企業はわずか10%にとどまるとされています。2023年時点では1%未満だったことを考えると大きな前進ではありますが、裏を返せば、9割の企業はまだ道半ばだということです。

つまり、「導入している」と表明している企業の大多数が、実際には未完成の状態にあるというのが、世界的に見ても実態に近いのではないかと思います。

なぜこの勘違いが起きるのか

この勘違いが生まれる背景には、いくつかの理由が考えられます。

一つは、ベンダーが「ゼロトラスト対応製品」として製品を売り込む際、その製品を導入すること自体がゴールであるかのような印象を与えてしまうことです。実際にはその製品は、ゼロトラストを構成する複数の柱のうちの一つに過ぎません。

もう一つは、経営層やIT部門にとって、「ツールを買って入れた」という行為が分かりやすい達成の証明になりやすいことです。一方で、権限設計の見直しや、部門をまたいだ運用ルールの整備といった地道な作業は、目に見えにくく、後回しにされがちです。

結果として、「予算をかけてツールを導入した」という事実だけが独り歩きし、実際の防御力が伴わないまま「対策済み」というラベルだけが貼られてしまうのです。

「侵入を許した」で終わらせてはいけない理由

サイバー攻撃のニュースを見ると、しばしば「脆弱性を突かれた」ことが原因として報じられます。しかし実際の侵入経路は、それだけではありません。ある統計では、侵入手段として認証情報の窃取が約22%、フィッシングが約16%、サプライチェーンや委託先経由の侵害が約13%を占めており、ソフトウェアの脆弱性そのものを突く手口は、内訳のあくまで一部です。設定不備という基本的な原因が大規模な被害を引き起こしている事案も後を絶ちません。

つまり、攻撃者が組織の中に入り込む糸口は、脆弱性・盗まれた認証情報・フィッシングメール・委託先の管理不備など多岐にわたります。どの経路であっても、どれだけ対策をしていても、侵入の糸口を完全にゼロにすることは現実的に不可能です。つまり「侵入を許したこと」自体は、防御側の失敗を直接意味するわけではないのです。

本当に問われるべきは、その先です。何らかの糸口から最初の侵入を許したとしても、そこから他のシステムへ被害が広がらずに済んだかどうか。ここにこそ、ゼロトラストが本来果たすべき役割があります。

ゼロトラストは、侵入そのものをゼロにする仕組みではありません。侵入されることを前提に、認証・権限・ネットワークの分離によって、被害を最初の侵害箇所だけに留める考え方です。もしゼロトラストが名前どおりに機能していれば、最初の侵入経路が何であれ、そこから業務全体が止まるような事態にはならないはずなのです。

裏を返せば、一つの侵入口を起点とした被害が業務停止や大規模な情報漏えいにまで拡大しているという事実そのものが、その組織のどこかで「侵入後に止める仕組み」が機能していなかったことを示しています。診断の現場で見てきた「ツールは入っているが機能していない」という状態は、まさにこの部分に穴があるケースがほとんどです。認証ツールやID管理製品を導入していても、それが実際に横展開を防ぐレベルまで作り込まれていなければ、侵入を許した瞬間に被害は簡単に広がってしまいます。

つまり、「脆弱性があったから攻撃された」という説明は、原因の一部でしかありません。より本質的な問い、「なぜその一つの侵入口から、これほど被害が広がったのか」にこそ、ゼロトラストが本当に機能していたかどうかの答えがあるのです。

本当に見るべきポイント

ゼロトラストが実際に機能しているかどうかを判断するには、ツールの有無ではなく、次のような観点で見ていく必要があります。

  • 認証は一度きりではなく、アクセスのたびに継続的に検証されているか
  • 権限は必要最小限に絞られており、過剰な特権アカウントが放置されていないか
  • ネットワークは細かくセグメント分離され、一つの端末が侵害されても他へ広がらない設計になっているか
  • 異常を検知してから実際に隔離するまでの運用が、実際に機能するレベルで整っているか
  • 子会社や委託先を含めた組織全体で、同じ水準の考え方が徹底されているか

これらが一つでも欠けていれば、そこは「ツールはあるが機能していない場所」になっている可能性があります。攻撃者にとっては、そうした隙間こそが最も狙いやすい入り口になります。

まとめ 「導入した」ではなく「機能しているか」を問い直す

ゼロトラストは、導入して終わりのプロジェクトではありません。組織のあらゆる場所に、継続的な検証という考え方を根付かせていく、長期的な取り組みです。

もし今、自社が「ゼロトラストを導入済みです」と考えているのであれば、一度立ち止まって、それが本当に組織全体に根付いた「考え方」なのか、それとも特定の「ツール」を指しているだけなのかを、確認してみる価値があると思います。

進行中であることは問題ではありません。むしろ、それを正しく認識できているかどうかこそが、本当の対策の第一歩なのではないでしょうか。侵入の糸口をゼロにすることはできませんが、侵入を許した後に被害を止められるかどうかは、設計と運用次第で変えられるはずです。